胎児期からのライフコース疫学~DOHaD説に沿って~

【企画要旨】

近年、Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)説が知られるようになり、この考え方に基づくさまざまな研究が進められている。このDOHaD説のもととなっている概念に「成人病(生活習慣病)胎児期発症(起源)説」という考え方があり、イギリスのBarkerが約20年前から、疫学研究を元に示してきたことから「Barker説」あるいは「Fetal programing説」とも呼ばれてきた。Barkerは、母体の妊娠期の低栄養状態が、出生した児が成人してからの、心血管系疾患、高血圧、インシュリン抵抗性、2型糖尿病のリスクを増加させるということを、1989年に”Weight in infancy and death from ischaemic heart disease”(Lancet. 1989)という論文で示している。これらの概念に共通しているのは、胎児期の栄養状態が、生まれてきた子どものその後の健康状態に影響する、という点である。さらにDOHaD説では、胎児期に引き続き、出生後早期の環境も子どもの健康状態に大きく影響することを示唆している。
そこで、DOHaD説に関連した研究として、人の生涯を通じた「ライフコース」という視点での疫学研究も数多く行われるようになった。例えば、山梨県甲州市(旧塩山市)では、「甲州プロジェクト」という母子保健の縦断調査を実施し、妊娠届け出時から、生まれてきた児が中学生になるまで地域で追跡し、妊娠中の喫煙などの生活習慣が生まれてきた子どもの健康状態、特に体格に関してどのように影響しているのかを明らかにしてきた。環境省は2011年から子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)を実施している。
さらに、DOHaD説と密接にかかわっている周産期の要因について、出生票を用いた東日本大震災が周産期予後に与えた影響の検討や、山梨県内の医療機関における各妊婦健診データを用いて、妊娠中の喫煙や生殖補助医療技術と体重増加、さらには出生体重との関連について詳細な検討を実施している。
最近では、Real World Dataを用いた研究として、JMDC社のBig Data for Childrenというプロジェクトに参加し、親子の医療レセプトを連結して、子どもの健康状態に与える親の要因についての検討も進めている。
講演では、これらの疫学的エビデンスと、今後の子どもを対象とした疫学研究の課題などについて紹介する。

【座長】

川上 浩司
京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 臨床情報疫学(MCR)ディレクター、健康解析学講座(薬剤疫学分野)教授

【演者】

鈴木 孝太
愛知医科大学医学部衛生学講座 教授

【プロフィール】

川上 浩司(かわかみこうじ)
京都大学教授
医師、博士(医学)。1997年筑波大医卒、米国食品医薬品局(FDA)にて臨床試験審査官、研究官を歴任後、東京大(医)客員助教授を経て、2006年に33歳で京都大教授(医学研究科・社会健康医学系専攻)。2010年京都大学理事補(研究担当)。現在、政策のための科学ユニット長、臨床研究者養成(MCR)コースディレクター、慶應大(医)客員教授等を兼務。臨床疫学、薬剤疫学、健康ライフコースデータの基盤整備に尽力。
鈴木 孝太(すずきこうた)
愛知医科大学医学部衛生学講座 教授
2000年に山梨医科大学医学部卒業後、同大の産婦人科で大学院生として学びながら(2005年に博士(医学)取得)臨床医として勤務後、2005年より社会医学の研究者として山梨大学の教員(助手)として活動を開始。主に地域の自治体と連携した母子保健に関する研究を事務局的立場で推進した。2009年から1年間、オーストラリア、シドニー大学に留学し公衆衛生学修士(MPH)の学位を取得。2011年、同大の特任准教授となり環境省の全国調査であるエコチル調査の甲信ユニットセンター副センター長として、地域における調査実務およびデータを用いた研究を行った。2016年、愛知医科大学医学部に教授として着任し、医療レセプトをはじめとするさまざまなReal World Dataを用いた研究を進めている。一方で、大学の専属産業医として活動するとともに、2017年から保健管理センターの初代センター長として教職員、学生の健康管理を行っている。最近では、高校保健体育教科書の編集にも携わるなど、実務を通して、産業保健やヘルスリテラシーに関する研究も行っている。